
その数少ないチャンスは番組変更期である。特に報道の特集で大規模な犯罪などになると、小林氏の声だけで臨場感が倍増するし、それ以外でもハードボイルドな声とちゃちな事件のギャップが笑える。
それから、筋肉番付であろう。あの男気の世界に小林氏の声が一層の濃厚な世界を紡ぎ出す。
元は小説家になりたくて日芸大に入学し、その後得意の英語で翻訳と役者の二足草鞋をしていたが翻訳を辞めて役者から声優の道を歩みだした。
(しかし、当時は小林氏は二日酔いとか遅刻は当たり前にして名前を覚えてもらったと言う逸話があるらしい)
もちろん、現在でも英語は堪能だし、パソコンは全部英語で表示しているという。
だが、実際の彼は意外とお茶目さんである。
彼が顔出ししたのは「たけしの万物創世記」以外ないので断言は避けるが例えば視聴者の質問で「背の高い男性の人は声が低いですが、どうしてですか?」という質問(答えは背が高くなるとギターの弦が緩むように低くなるんだそうだ)で「この声と背の高さでモテてます。」といった日、私は腰を抜かした。(今時、モテるか・・・。)
それから、同番組の赤ちゃんスペシャルは凄すぎた。もう、ご自身の赤ちゃんをべた褒め。
(なお、この赤ちゃんスペシャルを録画した方いらっしゃいましたらご連絡ください)
ナレーションとのギャップに大変驚いたのを思い出す。
ナレーションの他にもアニメの方でもご活躍されている(ゲストが多いが)特にカサラギというアニメでは主人公を冷酷に操る兄・一清というキャラクターは最高に彼の声にあっていた。自分の理想のためには弟も冷酷に操る。そこにある悪の美学とでも形容すべきかっこよさは正直、主人公を上をいっていたような気がする。
やはり、彼には科学や歴史といったもののナレーションがいいように思える。無論、アニメでも登場してほしい。
ご本人はかなりストリックで真面目な方である。小林氏と同じ東京芸術大学出である。
だが、小林氏と違うところは最初から役者を目指していたところである。卒業後、芝居をするために劇団に入ろうとしたが学校と同じこと(訓練や研修のこと)をすることが嫌でフリーに。
幸いにして、氏は、かの名高き「徹子の部屋」に出演することがあり色々拝見するが、氏はやはり一匹狼というイメージがある。
本人は謙遜されているが、何処か孤高のイメージがあるのは事実だ。
そういえば、氏の演じられるアニメや洋画のキャラクターを見ても、何処か一歩引いたところがある。
「笑わせるために真面目に考える。」
これが氏のポリシーなのかもしれない。(見ず知らずの第三者が勝手な事を言ってすいません。)笑わせるというのは、決してふざける事ではない。極論的に言えば笑わせることは普段、我々が目に付かない事に視線を注ぎ、真剣に考えることではないだろうか。
簡単に済ましてしまうところに我々の知らない真実がある。
笑われるのは簡単である。変なことをすればいい。
だけど、笑わせてあげることは本当に難しい。そんなことが出来る氏はやはり凄いお人である。
少し、話が横道に逸れるが最近のアニメには徹底的な悪はないと思う。やれ因縁だ、やれ自分の故郷を守るためだとか、誇りとか・・・・・。
つまり、それを外せば主人公と遜色変わりないので悪にも人気が出る。
しかし、それでいいのだろうか?
私は、こう考える。
ヒーローは徹底した悪でなければ立たないものである。
ところが今や、殆どのアニメは理由が多すぎて「多少悪いことをしてもいいや。それがかっこいい」なんていう
(私からすれば「ざけんじゃねぇよ!!くそボケ野郎!!」。こういうアニメがファンの方ごめんなさい)
(私からすれば)陳腐な言い訳が大手を振って歩いているのだ。悪は我ら見ている側から轟々の非難を浴びるべき存在なのだ。敵もしかりである。
オロチは(主人公であるねずみの視点を外しても)恐ろしい。彼には殺す意味はない。
強いてあげれば飯があるから喰うだけの事だ。宿命もへったくれもない。
だが、これ以上にシンプルかつ力強い理由はない。
そして、恐ろしい理由だ。そのオロチを氏は見事に演じられた。
本当に冷酷で手強い。そこに若者育成などはあるはずもなく、容赦なく殺し喰うという自然の摂理だけがある。
だからこそ、主人公たちの内面にある一生懸命さや強かさが一層引き立つのだ。
だから、もう一度、オロチレベルの悪をやって欲しいのだ。
ある本で氏の話を聞いていて、ある作家を思い出した。池波正太郎氏である。キーワードは『粋』である。
池波正太郎氏も大塚氏も(多少タイムラグがあると思うけど)同じ東京出身で同じ世代だと思う。
江戸と東京が混在し粋と職人が、まだ沢山いた古き良き時代。この二人はそんな東京で育ち若いときに演劇にのめり込んだ。
池波氏は作家になり、大塚氏は声優となり、共にいい作品を(形こそ違え)我々に残している。
これから、何を学び取り、実行していくかは我々視聴者(読者)にかかっている。
私が氏に惚れた理由は声の質もそうなのだが(非常に聞きやすい優しい声なのだ)、あくまでも「一報道陣のプロ」という地位にいることだ。
最近はアナウンサーもニュースを読むだけではなく、バライティーに出たり芝居もするようになった。それは、それでいい。
別にアナウンサーに「芝居をするな。」「ニュースだけを読め。」というのは酷であろう。
彼女たちだって自分を出来る限り表現したい時期があるのだから。
だが、内山氏は常に控え目だ。如何様にゲスト講師に遊ばれようとも怒らず、しかし、調子あわせて笑うでもなく淡々としてる。
淡々としていると言ったが無表情という意味ではない。
むしろ、感情豊かな人であり、優しい人だ。番組前半に1週間のニュースをまとめて放送するコーナーがある。政治の汚職や残酷な事件になると「本当に許せません。」「許されるべきものではありません。」と普段の口調からは考えられない迫力がある。決して、声をトーンダウンさせたりしているのではない。だが、迫力が違う。博学であるが決して我々視聴者と何ら変わらない観点でものを見つめられる数少ないニュースデスク。
それが内山氏である。
内山氏はこの仕事に関して『職人』という価値観を持っているようだ。
ある飲み会で伊集院に、帰り際、こう話したという。
『自分はニュースの職人だから分からないことがあったら何でも聞いて下さい。』
その裏には常に世のなかのことを勉強し考えている絶対的自信への表れでもある。
最後に、これは内山氏とは直接関係内が、あるニュース番組で戦場の悲惨さを伝えスタジオに移ったとき、VTRを見ていた男性アナウンサーが泣いていたという。(母から聞いた話)
「それがアナウンサーなんだろうな。」と私は思った。
アナウンサーとは博学をひけらかす事でも視聴者に媚びることでもない。当事者の立場を踏まえつつ客観的に視聴者へ報道を伝える者だと思う。
被害者などの痛みや辛さを背負い込んで、報道するのがアナウンサーというのかもしれない。
年頃の婦女子には人気があるグループの一つである。
構成メンバーはとんねるず(石橋貴明、木梨憲武)に加えてメインボーカルはテルリン、カンちゃん。
バックはジェリー、バカ、ゴテ、タカク、シュウ、ホッシー、ナル。
詳しい事はフジテレビの公式ホームページもあるし、ファンによるサイトも沢山あるので行ってみるといいかも知れない。
彼らの魅力は何か?様々なファンがサイトで色々な意見を言う。曰く『カンちゃんが可愛い』曰く『素人っぽいところ』などなど・・・・・。
あげれば限が無い。
何で野猿がこんなに婦女子を惹きつけるのかは正直不明だ。
しかし、仮説として言えるのは彼らは日本男児が失った「熱い何か」を持っていることだ。
現在、失礼な言い方をすれば人気のある芸能人の殆どに泥臭さはない。
逆にいえば何でも『クール=かっこいい』という公式がぴったりだ。
何か困難にぶつかっても平然としている。
だが、野猿は土の匂いのする芸能人であった。
彼らの過去には様々なものがある。
離婚したものがいる。
双子で悩んだものがいる。
ダンスが上手く踊れないものがいる。
自分の本職との兼ね合いに悩んだものがいる。
地味なやつがいる。・・・・・。
様々な問題に彼らは真正面から立ち向かった。
だが、けっして説教臭くない。
それは『野猿』というプロジェクトが『お祭り』という要素を含んでいたからだと思う。
問題が起こっても、それを笑いに変える余裕があった。
3月の全国3ヶ所のライブツアーで『撤収』する野猿。
祭りが終わる。
『野猿のメインボーカル・テルリン』は『アクリル装飾の平山晃哉』
『野猿のアイドル・カンちゃん』は『衣装の神波憲人』
『野猿のモテ男・ジェリー』は『視覚効果の飯塚生臣』
『野猿のリーダ・バカ』は『大道具の大原隆』
『野猿のダンス3人衆の筆頭・ナル』は『同じく大道具の成井一活』
『野猿の裏番・ホッシー』は『ドライバーの星野教昭』
『野猿の突込み役・シュウ』は『持ち道具の網野高久』
『野猿のトラブルメーカー・タカク』は『クレーンの高久誠司』
『野猿の壮大なボケ役・ゴテ』は『カメラマンの半田一道』になる。
祭りが終われば皆離れていく。
しかし、それは悲しいことではない。また、何かあったら会えるのだから。
それだけの友情を彼らは掴んだと思う。
笑顔で言おう。
「今までお疲れさんでした。」